「ラーバタス」および「らばた工房」作品の製作情報、製作者 高石ふう の自分語り(痛め)、防備録も兼ねております。
モノローグと「読エイム」思考の記録
 
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ワルキューレさん関係ないです(いつもだよね)。モノローグってのは、あれです、四角い噴出しとかの中に入る、状況説明とか、心情説明とか。誰の声かわかんいヤツ。あのモノローグ「多用はダサイよね」ってのが、多くの指南書で指摘されていて。あたしもそれを守ってる部分があるんです。無知とは何でも素直に呑み込むから怖い。ね。

その、モノローグはダサい、の理由に「マンガなら絵で説明しろ」って。うんうん、そうだよね。コマに1人の男が立っていて、「彼は、無敵の王者だった」って。コレがモノローグ。ココでやりたいことは「彼が無敵であるよ」と読者に伝えること。それを絵で伝えるには、めっちゃ強いシーンとかを描く事、なのかな。それで「ああ、強いんだ」って、読者に思ってもらう、と。

うーん、確かに「無敵の」って付くからか、モノローグだとちょっと小学生ドリーム小説の冒頭みたいだけど、目的が彼の素性の最低限の説明なら、モノローグのほうが他に大事なシーンにページ数取れるし、良いんじゃないかなぁ。

そこでシンゴジラ。ご覧になりました?自分はあのツクリ、すごい好きなのデスよ。「叙事詩(=出来事をメインにつたえる)」的な。そっか、これまでの多くのマンガは、主人公のキモチを通した「抒情詩(=作者のキモチなどをメインに伝える)」の方が全盛だったから、それを表現するために文字をつかったらマンガの意味ないよね、ってことか。な?

らばた、冬コミには新刊二種の予定で、この、叙事詩と抒情詩の2種をやってみようと思ってます。そもそも、らばた作品は人語を喋るのがヒロイン1人ということがとても多いので、心情を描くには、会話を使うのがジツに難しく。だから、小説的なほうが作りやすい。会話ないからね。ていうか、どうなんです、ヒロインの心情とかって、そんなに詳しく要ります?

いや、2次創作なら解るんですよ。あの子がこんな風に思ってる、って。ほら、日活ロマンポルノ時代(いつだよ)は、それすごくあったじゃない。ヒロインのキモチを描写して、その葛藤の中、カラダをゆだねる。ううん、それ要らないの。その葛藤とか心情はもう、見る人の中で仮説であるから。だから、ただヤルだけのAVが今の主流になっていったんだよね。ましてや創作のエロ。物語とは言いつつ「舞台設定」にちかい。ヒロインにいたっては、もうそれが、かなり単純な想いのベクトルだけでもよいような……ん?

……違う。ウチ、主役は女の子じゃない。モンスターだ。ね。

異種姦の、モン姦のよさってのは、自分ではこの「余計な感情の無さ」が一役買ってると思ってます。ただやりたい、出したい、スキキライ。確かに、義理に厚いモンスも面白そうだけど、それはエロものとしてのモンスターでやる必要が無い。だとしたら、モノローグでは「何が起きてるか」「何故おきてるか」を淡々と解説するので充分。「舞台設定としての物語」も、そのモンスターの情報強化であって……あれ?コレ、今までのやり方だ。

まとめてみます。
1:モノローグは「主人公のドラマ」を活字1行で終わらせてしまうのがダサイ。みんな、「そこを絵で見たいから、そのマンガをよんでいる」=この動機のことを「読エイム」と名づけます。それをマンガで読みたい理由、目的みたいな意味ね。
2:つまり「読エイム」を外されるのが「ダサい」。「読エイム」を補強するモノローグは、全然ダサくない。
3:らばた作品の「読エイム」は、「モンスターがどうやって欲求を満たしていくか」(他にもあるけどん)。つまり、エロシーンを描かないで「モンスターがヤりました」とモノローグで終わらせて、モンスターが夕日を見て感動してるシーンをいっぱい絵で描いたら「読エイムが外れてる」モノになる。逆に、「彼は夕日を見ていた」1行モノログで、その感動を持ってのエロシーン絵なら、効果はばつぐんだ。

ほら、やっぱり、らばた作品はモノローグの相性良いよ。そう、らばたの世界の片隅で、淡々とおきてることを語りたいの。アタシ。新作もうちょっとしたら細かく言うね!

ココロにある琴をジャーン
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こんにちわ。冬の入り口は暖かな関東平野ですが、皆様いかがお過ごしですか?文章の読みにくさで定評のある高石ブログです。いや、一応、推敲(のようなもの)してるんですよ。でも、いつか自分で読み返したときに、ああなんか、何かに自分、焦って書いてるなってのが解るのも良いかなと思いまして。でも、皆さんに最低限伝わるようには気をつけています。気をつけているのは最低限です。ああアタシの文章力だよ!!!そうさそうだよ!!!すみません開き直りました。

さて。コミケ、何とかお席を頂けまして。前回のブログにある「舞台」と「勝ちに行くのか?」について、考えをまとめました。手垢のつきまくった表現の「自分に勝つ」的なオチになるとおもいますが、いくばくかの段落ですのでお付き合いの程を<(_ _)>

DLはもとより、ピクシブ、ツイッターなど、「評価される数字」が明示されます。男の子は競争が大好きだったりします。おのれは何番目か?を知りたい生き物です。違う人もいるから異論は認めます。いろんないろん。

こないだのコミケは、席配置のせいにしてみましたが、じゃあ、よい席頂いてるならコンスタントに数字をだせるか?否です。買ってくださる方の琴線に触れないと金銭につながりません(←うまくない?)。だから、勝つとは、隣の人よりたくさん売れること。となりのそのとなりの、そして向かいの。そうなりますから、琴線触れまくりの作品が強い作品、と、いったん定義します。

でわ、琴線とは?琴の線だから、あなたの心の奥にある琴、そこに触れてびよーーんと、あなたの心を鳴らすことだと思ってます。本当の辞書の意味はしりませんこの意訳が気に入ってるから。なので、触れないと、ダメです。ではどうしよ、自分の琴が鳴るときはどういうときか?

んなもん、かんたんです「そうそう!!これこれ!!!」で、鳴ります。ジャンガジャンガなります。美しい絵を見たときも多少鳴りますが、「あー上手ー」っていう鳴り方です。というかむしろ、自分が描くときの参考にしたろ、という感覚です。でもそれならネットの資料で充分なので金銭は動かない琴線です。

ちょっと見えてきたでしょ? ブログはこういう思考の整理に役に立つからずっと続けてられてるのかも。で、金銭が動く琴線の作品をつくらねばいけなくて、それはつまり「共感、共鳴」ですよ。じゃあ、そこに歩いてる人の共鳴をさくっと作れるか?つまりそれがマスメディアのしごとで、「全米が泣いた」なのかな。より多くの公約数共鳴を探すわけです。あたしは泣く映画に行きたいと思ったことはありませんガ。

となると、共鳴は、自分からガーンと発して、誰かに受け取ってもらうほかなく。わかんないもん、人の琴(事)(←うまくない?)。ただ、自分の研究では、人の種族はイイトコ13です。白人、黒人、アジア人問わず、もっと心の中の、自分は「レース」と呼んでるもので。ほら、たとえば渋谷ハロウィン、アレ行かない人は、行く人理解できないでしょ。でも、行く人は一般に言う人種を問わず、一定数いるじゃない。だから、このレースは、そういうココロの部分の区分け。

なので、世界人口の13/1は、オレと共鳴できる。はず。キタコレ理論の裏付け。下手な鉄砲じゃない。強い共鳴を求めるなら、そこからさらに掘り下げる。公約数は少なくなるけど、共感は強くなる。

なので、自分が踊る舞台は、この、自分と同じレースの上で、喝采を浴びながら、踊るんだ。シャンシャンシャン。求められていない舞台は上がらないで、見るほうになればいいんだ。もしくは、自分の修行で、他流派試合と思えばいい。

ということで、冬コミ、新刊二種いきたし!!舞台さえ決まれば、こっちのものです。あれ、数を競う話は?俺のマルセイユルーレットを炸裂させてみせましょう。それはダンスではないね

2017冬コミ当選しました!!
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やったー!やったよ!うぉーうおうおうおう!!冬コミお席頂けました!!今回はホネホネロックがお相手でして、魔法使いさんは先日、大ナメクジと戦った彼女です!!頑張ります!!イエス!!タカス!!クリニック!!
ハッピー・ハーロ・イーン!!!(ドガーーーン
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「自分の作品はどうあるべきか?」とか考え始めてるのは、危険信号なんです。迷走を始める前兆だったりしますゆえ。まあ、それなららばたが迷走していない時がありましたかって話ですが。

んでんで、いつものブログ絵より、ちょっとだけ手が込んでますね。輪郭ボカシちゃったりして。ツイッタにも上げてるからです。ツイッタに上げないといい加減なのか?ってことですが、そーゆーわけではなく、あ、そう、これも今日の話題の一つなんです。

いったん話し飛びます。実は、おとといの日曜、埼玉武術大会に出場してきまして。何回もやってると選手もだんだん顔なじみになり、この人は強い、この人は上手いとかがなんとなく解るようになります。自分にとって武術とは、誰かに評価してもらうわけではなく、自分のためにクンフーを積むものだったのですが、こう毎回、みんな同じ順位だったりすると、いい加減どうなんだ?という気にもなってきます。

そこで、今回は「勝ちに」いったんです。審査員のクセとかもある程度解ってるし、順位上げたろと。で、結局。付け焼刃の小手先芸で、見事に例年通りの微妙な順位。この空虚感はちょっと初めて味わいました。つまり「勝ちに行った(そして負けた)」のが初めてなんだなと。

もどります。「どうあるべきか」の問いは「何か結果を出さなくてはいけないとき」に出てきます。らばたは「勝ちに」いこうとしてるのか? そう思いました。もし、勝ちにいくなら、真っ先にやることは、今勝ってる人より練習量を多くすることです。勝つべくして勝つ、勝つとはそういうことです。うんうん。で、練習したの。ブログ絵。ふーん。

え?まった。なに、自分のえろマンガ、アニメ化でもしたいの?違うよね。じゃあ、何に勝つの?勝つってどういうことなの? 

それは……「勝つ」とは、「自分が勝負する舞台を決めること」と見つけました。
え?なにそれ? 次回!
フ ル イ
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下手の考え休むにナタリーという名言もございますが、ただ今がっつり考えています。ちょっと長いですよ。

その昔。らばたは、プログラムを組んでもらって、自サイトでDL販売をしていたことがありました。これは、DLsiteさんが摘発などで機能しなくなった場合、マイ販路がゼロになるというDLさんオンリイ頼みのリスクを軽減するためです。

しかし、ユーザーさんのDLの失敗や、再DLの要請対応のメールで、描く時間をごっそり削られ、一人で運営は無理だな、でも人を雇うほどは出ないしな、ということで中止しました。

その後らばたは、オフ同人や、DMMさんなど、いくらかのリスクヘッジが可能になってきましたが、やっぱりDLsiteさん頼みの部分は大きいです。今回、そのDLさんが、大きめに動いています。ぐらっ。大手さんや、商業作家の流入、1日の複数回新作発表など、企業としては正しい方向です。でも、たとえば1日4回の更新、そのつど最低でも上位3位くらいにいないと、すぐ次の更新が来ます。アタシなんかは見てももらえないと言う訳です。

それに対して、らばたの現在。ちょっとナマナマしいお話をしますよ。らばたの目標DL数は、今も昔も1作品300DL。なので、発売1週間で200DLぐらいいけば、1年後には最終的に300に届いているかなという目論見です。これは、DLサークルの中では真ん中よりちょっと下くらいなのかなーという認識でいるのですが、創作エロで(DLさん創作多いけど)、コレだけお買い上げいただいてるのですから、泡沫議員として議席1は確保できているのかなと思います。

しかし。これは、泡沫議員でも、更新後24時間は見つけてもらいやすい所にいられたので数が出せた、ということにすぎません。今後、数時間後にすぐに新作で目立つものがでてきてしまえば、その光にかき消されてしまうほどの光です。さあ、どうする?

【作戦1】は、「消えない輝き」作戦。新作に負けない、さらにまぶしい光を放つ。遠くに行っても、まぶしい輝き。いや、これは、まぶしさ合戦になって、目立つためには、という作品の本質を変えてしまうからダメだ。却下。

【作戦2】は、「軽量連弾」作戦。安く、ボリュームを抑えた作品を数を出すことで、露出を増やす。うん、見るからにせこい。質を落としてお金に換えるのは、我が美学に反するゆえ却下。

【作戦3】は、「ごひいきさま」作戦。やっぱこれだなー。DL更新の露出に頼らず、愛する300名のお客様に「作品が出たよー!」と、届けること。その方法が、今はやっぱり、甘い。届けられてない。このブログの更新など、情報拡散ツールとしては役に立っていない(そりゃそうですがな)。一昔前はメルマガやれとかいっぱい言われてたけど、今強いのはやっぱ、ツイッターと、ピクシブなのかなぁ。何度も言ってるなぁ、アタシ。なおかつ、作戦2のイイトコ、きちんとサイクルで出せればいいなあ。

で、ここで整理。この「作品を告知する」というパートは、作品作り~リリースの流れとしては終わりのほうで、順序は逆になるけど、ココがしっかりしてないといくら良い物を作っても、ね。

たとえば。
(1)DLさん、DMMさんで、らばたお気に入りに入れてくださってる人が合わせて100名。愛してます<(_ _)>

(2)で、のこりの200名は、これまで新着更新で買ってくださっていた、と考えます。単純にそれが1/4になるから、お気に入りに入れてくださってる方とあわせて150名には、DLさん、DMMさんの力で届く。
のこりの150名には、自分でお伝えしなくてはならない。見てくださった方の100人に1人が買ってくださるとして(ちょっと甘いかな……)、150(DL数)×100(に1人が買ってくださる)で、何らかの形で、15000回見てもらわなくちゃいけない。

(2-1)じゃあ、ピクシブで、50名分を担ってもらう、と。となると、5000閲覧。えろい絵だから……なんとかなるかな……(うわー甘い気するなー)

(2-2)ツイッターで100名担当してもらうとなると、10000閲覧(アナリティクスという機能で解るのです)なのだけれど、ただ画面に映っただけでもカウントしちゃうから、多分、単純閲覧数は5倍は必要。50000閲覧。これだと、800ふぁぼぐらい。800ふぁぼつく絵はトップツイートの100位ぐらいには入ると思うので、創作でしかも肌色を抑えつつ(凍結怖いです)これを常時叩き出すとなると、商業のお誘いがくるレベルです(゚д゚)。だったら、300ふぁぼぐらいを淡々と繰り返したほうが現実的ですネ。

ただ、DLさんとかはお金を出すことが前提のサイトなのに対して、ピクシブとツイッターは無料で楽しむメディアなので、このふぁぼがそのままお金に繋がるかというのは、今回の100人に1人が買ってくださるというこの計算よりも、はるかにシビアではあろうとも思いますが。

以上の作戦を「ごひいき作戦:リリースパート」と下命します。ごひいき作戦には、本丸があります。そう、もちろん、「ごひいきをしてもらえる作品を作る」ということです。作品に対して誠実である、自分が欲しいものを作るなど、もやっとはあるのですが、きちんと言語化してみたいと思います。来週に続く。

コミ1リポーツ?
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日曜日にはコミ1にサークル参加してまいりましたよ!びっくりするほど閑散としてましてびっくりしました(二回め)。昔のコミティアえろ島よりも閑散ですもん。売れ数も各種一桁です。参加費電車代、さらにご飯食べてまっかっかの赤字ですとも。ええ。いいんです。本来同人とはそういうものですよぐねえええええーーー。

それはそうとですね。このコミ1のこの空気。オタク化する前の自分が持っていたふしぎな疑問を思い出しました。「なんで素人が描いたアレな本が、あんなに薄くてあんな値段で買ってもらえるんだろう?」です。だから、こんなに買う人いないんだよ。と。でも、コレには明確な答えが出てないまま、自分ではやれることをやっていこうという姿勢で、こんにちまでやってきています。

ただ、買ってくださる方は「同人だから」「商業だから」みたいな別け方をあまりしていないように感じます。すごくフラットに、他の商品と同列に「欲しいかどうか」で見てるのかなと思います。これは、素人が舞台に上がれると言うメリットと、反面、本だけではなく、人数とカネをかけた映画のような大作とも同列に比べられると言うことじゃないかなーと思うんです。

これまで、「同人にしかないもの」ってあったと思うんですよ。でも、いまや商業誌も普通に同人作家が描いてるし、アニメや漫画は同人ネタもおおいし。同人誌が同人誌である必要がなくなってきてるんじゃないかと。「この人の本が欲しい」だけなら、流通良くて購入しやすい、しかも安い商業誌のほうが良い訳です。

さらには「漫画を読む」というのは、とても能動的な行為ですよね。でも、ゲームとかは、こちらが受け手になって対応していく「処理」になっていく。「読むのがめんどくさい」的な部分を割り引くと、これまで同人誌に使っていたお金がゲーム課金に行くのはすごく普通な気さえします。

しかし。「消費」そのものは、気分転換や、うさばらにしさえなる行為です。対価を払って、欲しいものを手に入れる。コレ自体は、この業界、そう簡単に冷え込まないと思うんです。でも、あたしに、自分に支払われなくなったら、自分はこの業界にいられません。業界が悪い、世間の流れとか言ってないで、どうしたら自分は作品を作り続けて生きていられるか、しっかり考えます。

コレまで良かったやり方が、多分今後、通じなくなっていく。冬コミ~来年の今ぐらいまでは、多分、さいしょの「ふるい」がかかると思います。もちろん、昔の「我が家の家族紹介HP」みたいにひっそりと続けていくと言う選択肢はありますが、お金が入らないなら、製作の時間を、お金を作るために別の何かに充てなければならない、そしたら作品作れないループに。

ふるいにおとされないように。網の目にしがみついてやるーーー!

ZAN-NENナガラ
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ちょっと暑いですぞ今日。挿絵の子はシャワー浴びてみました。競泳のテカテカ感を出したかったんです。でてるかしら。

前回、この日誌にも書いたんですけど、美歩ちゃんをプリキュアのキャラデの人に描いてもらう作戦、抽選で外れてしまいました。申し込み前日に空きがあるとのことだったんですけどねー。疑うわけではないですが、その抽選が完全にブラックボックスなのと、対応していただいた方の文章が、推敲無しで自分の言いたいことだけいうタイプの文章だったので、ああ、これは蹴られたな感の方が大きいです。まぁ、設定に成人向けだのなんだの色々描きましたしね。オリキャラですしね。まあいいや。自分で上手くなれば。はい次。

今度の日曜はコミックイチなんですけど、新刊出ませぬ。うーん、新刊出すと、今オフセット印刷なので小部数最低でも3万オーバーなんですよ。申し込み費やらポスター、運送費雑費入れて、おおよそ準備に5万。で、当日ヘタしたら30部も売れないから、結構な大赤字がやる前から見えています。だったら、DL用に作れるわけで。本にする体裁である必要ないわけで。ならば、コミックイチに間に合わせる必要がないと踏みました。

プリキュアイベントは赤字か、完売してもトントンでやってますが、あれは趣味だからでして。こちらは利益を上げないとなので、戦場にパンイチで躍り出るような真似はやめてみました。じゃあ、本来、コミ1の原稿をやる時間になにをしていたの?ARMSじゃないよ(ちょっとやったけどいやかなりやったけど)

その間、マイ絵の描き方まとめをしていました。なんかこんなことよくやってますの。で、じつわ。夏コミのカラー本で、一度、今までの自分の描き方をぶっ壊してるんです。今までは線で囲んだ枠の中に色を流し込む的な描き方なんですけど、これがどうしても絵の一体感みたいなものが感じられなくて、自分がよく言う「ぴくしぶにたくさんありそう」になっちゃうのが嫌で。

その結果、一番時間のかかる「厚塗り風」、うちの世界観にあった「らばたイラスト風」、それにコピック描写と、描き方を整理できました。挿絵の子は、らばたイラスト風です。これは、時間も作業内容もそれほど苦行じゃなく、かつ楽しく描ける工夫がちりばめられていて、たくさん描きたくなります。最高でしょ。

ということで、ブログの絵もちょっと頑張れればいいなーと。思っております。の。
こっちに置いては戻して、戻しては置いて
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涼しくなってきましたねー。この時期は毎年必ず風邪を引くので、今年は気合を入れております。朝ごはんをちゃんと食べるようにしてます!えへん!(なんだよそれ)

先週から、というか、原稿と原稿の間には必ず、アナログチャレンジが入って。で、アナログ描写の「姿勢」に比べて、PCのカラダを固定される感の辛いことったら無いわけです。液タブ重くてでかいのです。うーん。まだまだ色々試行錯誤中です。

実は、この後言いますが、美歩ちゃんを久しぶりに描いてました。一応、ウチの看板娘です。ラーバタスのメインのお話は、行って帰ってくる、いわゆる異世界キタンなので、ある程度世界の終わりや始まりについて語っています。自分はドラゴンランスやロードオブザリングなどで育ってしまっているので、ファンタジーには世界の危機がやってきてしまうのです。

でも、世界の危機中にのんびり、モンスと女の子がヤってるとこなんか描けない訳で。なので、ラーバタスの物語を、始まりを1、終わりを10とすると、2~3ぐらいのところが、らばたの作品群のお話になります。まだ、危機が本格化する前の、平和が崩れ始めてる……?みたいな。ちょうど今の世界情勢と似てるかもしれません。

で、美歩ちゃんですが。実は、プリキュアのキャラデザインをした方に、お金を払って絵を描いてもらうという(コミッションというそうです)のの募集を見つけ、ソッコーお願いしました。版権の関係なのか、プリキュアはダメみたいですけど、なんと「応募者の方のオリジナルキャラ」ならOKだそうで。今日、美歩ちゃんの設定資料をその先生にお送りしました。月末にあるおまつりで配布してくださるそうなので、もし手に入ったらここでもUPしますね!

あ、近況かかなかったですが、特に進展はないということです。コミ1どうすんの!!?今週も部屋の模様替えばっかりです。何回やってもしっくりこないの。。。

でじあな問題
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長い時間、自分は絵を描くことに時間を溶かしています。この時間が、楽しいからそれでもなんとかなっていますが、絵を描いてても楽しくない時間というのが、あんまないけど、あります。それは、キッツイ時です。眠いなーとか思ってるときです。なんとかなりますけど。

で。「なるべく楽しいことで、埋めるにはどうすればいいか?」をずっと考えていました。自分が一番楽しい絵というのは、よくプリキュアツイッターで描いてる「アナログで描いてコピックで色塗った絵」です。プリキュア描いてるから、っていうのもありますけど、アナログの良い所は「いい加減でイイ」ことなんです。

今日の挿絵の、上がデジ、下がアナログです。比べて「上手い」のは上に見える(上下比べて、だから。ね。)と思いますけど、「味がある」のは下じゃないですかねー。「見てて気持ちいい絵」も下のような気がするんです。でも、「売り物になる」かは、下じゃダメです。

上のは、楽しいんです。下のも、そりゃ楽しいですけど、「自分で描いてない」ってどこかで思ってて。優秀なお絵かきソフトであるクリペが描いてくれてるっていうのが抜け切らなくって。

できればこみっくいちに新刊出したいんですけど。こんなことばっかりやってて。どうなることやらです。

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事実上、PCが無いともうお仕事にならない高石カンパニーですが、先日立ち上げて20秒ぐらいすると、真っ青の、例ののろいの画面になってしまいまして。何度やっても直らない。スマホで必死に調べると、もうお手上げエラーだと。うおまじか(☉∀☉) 

最悪、PCは買えてもデータどうしよう……とか半べそでドライバ消したり、ばらしてみたりして、丸一日費やした結果、CPUのクーラーの爪が外れてることを発見しまして。それでCPUの温度が100℃オーバーになって、PCご本人が自分で電源を落としていたみたいです。クーラーをしっかり取り付けて、現在は復帰してくれました。絶望のフチを彷徨いましたよおっそろしい……。

さて前回、素材と問題とかいう、謎の自分洗い出しをして、今なにをすべきかを探ってみたのですが、究極アンサーにたどり着きましたのです。ふふっ。ARMSという格闘ゲーム(またかよ)にハマってる高石ですが、これ対人でして。必勝法みたいのが無いので、相手がどう出るかよく見て自分で考えて対応、ということになるんです。で、これみんな各自、色々なマイ必殺パターンを考えてくるんで、対策できないとボッコボコです。これがめちゃ悔しい。

で、ゲームやってないときにも、色々考えるんです。あのパンチがきたらこう、ああなったらこう、とか。そして、次回、その人と当たったりして、修正を加えて対策していく。すると、先週勝てなかった相手にも勝っちゃったりするんです。こうして、キャラというより、自分が成長していく。

なぜ、こんな楽しいことが、絵で出来ないか? ひょっとして、絵はいつの間にか仕事のような気分(というか実際そうなんですけど)になってるんじゃないか?ARMSも「OO日以内にOOを倒せ」って言われたら、自由な発想ではなく、いかに効率よくそれを遂行するかを考えてしまうとおもふのです。

ARMSは、どうやって倒すかを考えてる時間が一番面白いです。カギは誰も教えてくれないと開き直ることです。でもこれ、楽しくて仕方ない。絵も、この状況に持っていくことで、例の素材やら問題やらというモノはすべて解決しそう。せっかく、作品形式が自由なのだから「やってて楽しいこと」をやれるようにすれば良いなと思いました。

今日あっついー(‘-’*)