「ラーバタス」および「らばた工房」作品の製作情報、製作者 高石ふう の自分語り(痛め)、防備録も兼ねております。
「出身地はエロマンガ島です」←ありがち
110329.jpg 結局、サイトの整理も新作発表も出来ず、年度替りを迎えてしまいそうです。とりあえずブログを更新することで、達成感を得てしまうのも逆に良くないのかしら……なんても思ってしまう高石です。でもこれでブログ更新無かったら存在意義を問われてしまいそうで。

今回の震災で、電気が使えないという状態に陥った方は多いと思います。被災してそれどころじゃない場合は別として、計画停電のように「電気が使えないとヒマ」になってしまう時なんかは、本やマンガのアナログ媒体って強いんだなぁと思いました。もっとも、夜間は電気がないと読めないすけどネ。

で、実は今年の夏コミケは夏冬夏③連続オチの次なので、是非受からせていただけるのではないかという淡い期待を持っておりまして。ちゃんとエロマンガを描こうとしている所存です。毎回バタバタで仕上げることになるので、きちんと計画して。しかも何冊か。

私の主戦場はDLなので、マンガはそんなに強くありません。でも、やはりマンガは製作の基本だと思うので、頑張ってみたいと思っております。脳内の妄想をストレートに具現化できるようになるのは、DL作品の製作にも充分役立つはずですし。最近の「今日のいちまい」(なんだよそれ)はアナログで描いてるのに色をつけてるのが多いですが、PCを起動する間に欲望とかいろんなものが逃げちゃうのでアナログでやっています。今日のは多分紅白の時のあゆです。ニジマスではありません。マイクに唇をつけて歌う女性歌手は好きです。

こだまでしょうか?いいえだれでも
110321.jpg震度3~4が日常になって、5とかが来てもああ揺れてるなぁくらいしか思わなくなってしまった昨今ですが皆様いかがお過ごしでしょうか。魔法の言葉でぽぽぽぽ~んありがとうございまし高石です。

とりあえず、今週は仕事場の揺れ対策で終了してしまいました。6畳の部屋に、棚とか壁を渡すスジカイ的なものを仕掛けました。あの小さなユーノスロードスターに無理矢理嵌めこんだロールバーを想像していただければお解りになる感じです(わかんねえよ)。寝る位置が変わったり、部屋の整理の最中にせっかく準備した懐中電灯が旅に出てしまったりと、せつない気持ちになりました。せつなさの正体とは、自分の内に向けた怒りだと、昔読んだ本に書いてあった気がします。

そういえば、TVも本当に見なくなりました。被災地の映像という地獄のような現実から目を離して逃げたいこともありますが、やはり昨今よく言われる「TVの質」みたいな物にとても疑問を感じるようになったからです。けしてACの宣伝のせいではありません。ラジオに逃げてもアリガトウサギは居ます。こないだの計画停電中、夜の放送の時に79.5(ナックふぁいぶ=埼玉のローカルFM)でアンパンマンのフルコーラスが流れたのにはシビれました。カッコよすぎるぜローカルFMラジオ!

製作のほうは、ようやく落ち着いてきましたので、再開しようと思います。再開したってリリースできなきゃいみねーじゃん。でもやる。

あたしのはあんまり良い出来の器じゃないけど
110316.jpg  予定ではもうじき計画停電に入ります。ただ、ウチは繁華街にも近い立地だからでしょうか、完全に当選グループ内なのに一度も止まっていません。幸運なのか、焦らされてるのか、複雑な気持ちです。

  関東にお住まいの方はご存知のとおり、余震も相変わらず続いています。外に出ているとあんまり解りません。が、部屋のなかにいるとグィングィンです。でももう慣れました。静岡出身は伊達じゃありません。
 それにウチらなんかより辛い人がゴマンと居ますもんね。買い占められてパンやおにぎり無いのなんか楽勝だっての。水溶き小麦粉焼いて主食にしてた頃より充分幸せだっちゅううんじゃー。

 TVを通じてでも、いろんな人の死や、リアルに受け入れられない現実を目の当たりにすると、やはりどうしても生きる意味とかを考えてしまいます。

 突然ですが、私は、人の肉体はタマシイが入っているただの器ではないんじゃないかとよく思っていて(たぶんどっかの古代文化の本とかに影響されてると思イマス)、だとすれば死はその器が割れてしまうことなんだろうけど、いえ、だからってタマシイは永遠です~とかって言いたいんじゃなくって、そもそも時間の概念はそこに存在しないと思うんですよね。あっと、この話長いんでやめて……

 でぇ、人が死んじゃうのは器が壊れることとしてですね。私たちの「楽しみ」「快楽」って、器を使っての楽しみが多いでしょ。好きな食べ物をいっぱい食べるとか、可愛い子のおっぱいに触ることとか(!)。でも、本来、「器を使う楽しみ」ってのは中身にあるタマシイが楽しむ前段階にすぎないハズなのに、いつのまにか器の楽しみこそがメインだみたいな考えになってしまって、そうすると器が割れてしまう死ってすごく恐ろしくって、怯えてしまいます。

 でもじつわ、そこにこそ生きている意味を考えるスキマを見つけられるわけで、つまり「生きることは器を楽しませることである」と言う考え方から逃れられることで、もっと本当の新しい何か触れられるものが見つかるような気がするんですが……


生きる意味、皆さんはどうお考えになりますか?


……問題提起で終わるのはズルイけど、だってこの先わかんないんだもん。許してください。
>>そして、(キリッ)なアウさまお返事です☆
みんな大丈夫?
こちらは埼玉の南区です。埼玉に海はありません。揺れの方はめっちゃ揺れましたというか今も揺れています。ヤスブシンの住まいなので、完全に立っていられない状態でちょっと覚悟しました。現在脱出グッズをセットし、風呂場にはいっぱいに水を張りました。高石は今のところ無事です。生きのびてやります。

>>アウさん そちらは大丈夫ですか?充分お気をつけ下さい!
メディアのたのしみかた
110309.jpg たとえばなんかのマンガを読んでて、その登場人物たちに対して「ああ、このキャラクターは萌え担当だな」とか「お色気役だな」とか「この元気っ子がいると、話ひっぱりやすいよなぁ」とか思ってしまいます。たとえばテレビですと「ここは、商品紹介があざといからスポンサーからお金でてるな」「この人のアップ多いから、売り出したいんだろうな」とか。アニメだって「ここで話題にさせようとしてるんだな」なんて思ってしまいます。そういうの、皆さんはないですか?

 こないだ気が付いたのですが、私は同人とかやるかなり前からこういう見方ばかりをする傾向があったと思います。純粋にメディアの受け手として、わいわい楽しめばいいのに、なんか偉そうに「俺はオマエラに踊らされないぜ」的な。でも。もし、メディアがそういう「裏の何か」を達成する為に作られてきたとして、多くの人がそれを面白いとして受け入れてきたなら、ただ「マンガ好き」「アニメ好き」よりも私のようなタイプの人間の方が面白いメディアを上手に作れるはずです。

 しかし現実はどうでしょう。たしかに、「裏の何か」を伝える為にトロッコに載せて届けるようなメディアは多くあると思いますが、一定数は確実に、裏の何かを伝える為ではなく、「この作品そのものを伝えたい」というような純粋にダイレクトに作られているものも存在すると思います。私が今「飽きてきた」テレビやマンガなどのメディアは、間違いなく「裏の何か」がはみ出してデロデロとにじみ出てきてしまっているものなのかなって思います。だから、私みたいなタイプの人間が作ったメディアは射程距離というか、賞味期限がごく短いようなきがします。

 ボクたちの大好きなガンダムは、プラモを売ろうとかそういう「何か」はあったはずですが、そこには少年だったボクらにはいつかは避けて通れないだろうと漠然と思う問題がえがかれていました。悪いヤツラがせめてきたら、戦争になったらどうしよう、僕たちはオトコだから、戦いに出て、死んでしまうのだろうか?友達は、学校は、どうなってしまうのだろうか?

 昨年初頭くらいからDL作品製作のペースがめっちゃ落ちていますが、いままでかたくななまでに、それが当たり前だと思っていた私なりの「メディアのたのしみかた」=「騙されるもんか見」&「騙されないオレサマ優越感見」が崩壊し始めて、これをそのままに崩してしまってよいものか、修復に取り掛かるべきかという不安定な状態の中で、作品をどのように発表して良いのか迷いまくっているからだと思います。

 もっと純粋に、私のキモチというか、パッションというか、そんなものをトロッコに乗せないで伝えたい。そのためには……。例によってそんな毎日です。ああ、また今月も月が変わっちゃった。
なんなのよ。もう。
110301.jpgえらい暖かくなったと思えばすぐ寒くなったり。一番厚いジャケットしまっちゃったじゃないすか。で、こないだの寒い日に、ジャケット出すのめんどくさくて、ちょっと薄いので外出たらなんか、寒気とかまたぶり返したり。みなさまは大丈夫ですか?

 とゆうか日本、春になるタイミングなのでこんな気温変化は当たり前なのに、人間の思うどおりにならないことが少なくなってきたせいか、なんでだよ~と愚痴りたくなってしまうのは、やはり私が人として枯れはじめ、魅力の少ない物体になろうとしている傾向なのかもなどと悲しくなってしまいます。

 なんなんだよといえば、ちょっとネットのニュースでみたのですが、「笑っていいとも」で韓国ピザが日本人の一番好きなピザとかというアンケートが出たってやってました。なんというか、もう、へえそうなんだというか。何でもアリなんすねTVって。

 誰かが、「いま、TVは何が当たるか解らないから、一番バカな視聴者のために作ってるんだ」と言っていたのを思い出しました。バカが見たら韓国ピザが大注文!という作戦なんすかね。私もバカですけど、注文なんかしませんよーだ。俺のために番組作ってくれるなら、滝川クリステルのイメージビデオずっと流せって話だっちゅーの。

 TVといえば、私の好きな番組の「世界ふしぎ発見!」でも、AKBが連続パーフェクトやってました。AKBのそのヒトたち、歴史とかそんな詳しい人なら他のクイズ番組にも、その手の特番にも出やがれって話です。あれでちょっと見る回数減りましたよ。回答者が誰だろうと、綺麗な世界遺産映像見れれば別にいいんですけどね。

 それらのやらせ感について、私たちが嫌な感じがする理由は、ひとつに「騙されている」と思うことですよね。だいたいにして、騙されるのはあまり愉快ではありません。それにもうひとつ、私たちは小さい頃、TVが大好きだったからじゃないかなって思います。アニメだったり、お笑いだったり。学校で「昨日のOOOみたー?」って話してたように。

 でも、大人たちが大好きだったモノがなくなっていったり、姿を変えたりしていくのは、これもまたヨの常、当たり前のことなのかもしれません。そして、そうなろうとしているモノに対して大人たちが愛執(←「あいしゅう」で変換したらでました。素敵な日本語かなと)を叫び、時代を憂うのもその風物詩なのでしょう。


 文化とは、物語と同じように、刹那の積み重ねに過ぎないものなのですねぇ。



 え、なになにその評論家キドリ。気取りスター