「ラーバタス」および「らばた工房」作品の製作情報、製作者 高石ふう の自分語り(痛め)、防備録も兼ねております。
絵描きの2タイプ
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おはようございます高石です。関東朝晩はまだ少し涼しいです。皆様のほうはいかがですか?

もっか、画力向上委員会が絶賛稼動中でありまして。オカゲサマで、HP更新は滞っております。その絵ブーム、なう自分でテーマを作りながら色々な絵を描いてみております。DL作品、前作が12月ですから、半年以上新作を出してないというのは、らばたとしては珍しい状態であります。でも、もうじきコミケ発表。いずれまた、ゲンコーゲンコーの日々がやってきます。いま、今しばらく……とか言って落選したら日々がやってこないんだけど。

さて、今週のトピック(そんなのあるのか)はですね、こんな出来事からです。只今、自分は毎週末にリアルでお絵かきサークルを主催しておりまして(3月までは雇われ。4月から独立)。中学生~大人まで、夜な夜な集まって描いております。そこでコレまでも本当によくあった質問で「私は何を描けばいいですか?」です。

この7年目に突入したお絵かきサークル、やる事といえば年に二回、部誌を出すこと。なのでほかは別に何してても良いわけです。同人やりたい人、落書きしたい人、好き勝手にすごしてます。で、この、絵を描きたい人が集まってるのに「描きたいものが解らない」という人の多いこと。当然、アタシは「好きなもの、好きなキャラ描きなよー」と言います。

その後、「描きたいものはない」「描きたいキャラはいない」と言われます。なにしにきた?以前は驚きましたが、もう慣れました。じゃあデッサンしよう花瓶描けというと、「それは描きたくない」と言います。これも慣れました。

これ。絵を描かない方には訳わかんない話かもです。吉野家来て「牛丼の気分じゃない」って言われてるようなものです。でも、これ、絵に関しては珍しい話ではなく。ツイッターにもいらっしゃいますのです。「自分は何を描けばいいか?アンケート」とか、よく見ますし。

なんでこんなことが起きるかっていうと、絵描きの方向性に「描きたい絵がある者」と「絵が描ける人間でありたい者」の二種があるのではないかと、アタシは考えております。

前者は精神的にとても楽ですし、健康的だと思います。「描きたい絵がある」→真似る、描けない、原因を探す、練習する、の繰り返しですので、不明な点は「なんで同じように描けないのだろう」的に、具体化されます。

でも後者は「私は絵が描ける人ですよね?」って誰かに認めて欲しいというのが求めるモノなので、その画力、実力如何に関らず、他者の視点が重要となる気がします。昨今よく言う「認証欲求」の具体的な例かも知れません。

この後者の場合、お題を出す事でかなり改善します。お題なら「あなたが言うから、求められて描きました」となりますし、そもそもその人にはみてもらえる率がかなり上がります。

「好きなキャラ」は、そのキャラが見てもらえる率が高ければ描くでしょうが、褒められる自信が無ければ描きません。また、花瓶はかなり上手く描いてもそれほど反響が無いだろう事も想像できるのだと思います。

自分はこの、認証欲求的な絵描きのあり方が、よくないとか将来的にどうだ~とは思わないですし、多分自分もそういうとこあったと思います。また、中高生にはあってシカルベシな時間だと思います。それに、絵を「いつかお金に」というものを考える時、他者の視点を取り込むのは必要だとも思いますし。

ということで。自分には今、描きたい絵があります。それで、HP更新と新作マンガほったらかしてこの挿絵みたいな絵ばっかり描いてます。今、自分が先ほどのような質問を聞くとき、毎回「自分に描きたい絵がある」というのは、すごく自然に見えて、実はとても幸せな状態なんだ、って思うようになりました。

ただ、このタイプの絵柄で中途半端な実力で作品化するとド爆死するのが目に見えてますので、どこかで融合しないと……。あ、そんな勉強のために昨日、国立美術館にミュシャの企画展を見に行ってきました。休館日でした。くそ。

でも、森アーツのエルミタージュは見れました。おばちゃん客の団体にあたってしまい、オールドマスターの名画が下世話な批評にまみれてました。くそ。