「ラーバタス」および「らばた工房」作品の製作情報、製作者 高石ふう の自分語り(痛め)、防備録も兼ねております。
コミ1リポーツ?
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日曜日にはコミ1にサークル参加してまいりましたよ!びっくりするほど閑散としてましてびっくりしました(二回め)。昔のコミティアえろ島よりも閑散ですもん。売れ数も各種一桁です。参加費電車代、さらにご飯食べてまっかっかの赤字ですとも。ええ。いいんです。本来同人とはそういうものですよぐねえええええーーー。

それはそうとですね。このコミ1のこの空気。オタク化する前の自分が持っていたふしぎな疑問を思い出しました。「なんで素人が描いたアレな本が、あんなに薄くてあんな値段で買ってもらえるんだろう?」です。だから、こんなに買う人いないんだよ。と。でも、コレには明確な答えが出てないまま、自分ではやれることをやっていこうという姿勢で、こんにちまでやってきています。

ただ、買ってくださる方は「同人だから」「商業だから」みたいな別け方をあまりしていないように感じます。すごくフラットに、他の商品と同列に「欲しいかどうか」で見てるのかなと思います。これは、素人が舞台に上がれると言うメリットと、反面、本だけではなく、人数とカネをかけた映画のような大作とも同列に比べられると言うことじゃないかなーと思うんです。

これまで、「同人にしかないもの」ってあったと思うんですよ。でも、いまや商業誌も普通に同人作家が描いてるし、アニメや漫画は同人ネタもおおいし。同人誌が同人誌である必要がなくなってきてるんじゃないかと。「この人の本が欲しい」だけなら、流通良くて購入しやすい、しかも安い商業誌のほうが良い訳です。

さらには「漫画を読む」というのは、とても能動的な行為ですよね。でも、ゲームとかは、こちらが受け手になって対応していく「処理」になっていく。「読むのがめんどくさい」的な部分を割り引くと、これまで同人誌に使っていたお金がゲーム課金に行くのはすごく普通な気さえします。

しかし。「消費」そのものは、気分転換や、うさばらにしさえなる行為です。対価を払って、欲しいものを手に入れる。コレ自体は、この業界、そう簡単に冷え込まないと思うんです。でも、あたしに、自分に支払われなくなったら、自分はこの業界にいられません。業界が悪い、世間の流れとか言ってないで、どうしたら自分は作品を作り続けて生きていられるか、しっかり考えます。

コレまで良かったやり方が、多分今後、通じなくなっていく。冬コミ~来年の今ぐらいまでは、多分、さいしょの「ふるい」がかかると思います。もちろん、昔の「我が家の家族紹介HP」みたいにひっそりと続けていくと言う選択肢はありますが、お金が入らないなら、製作の時間を、お金を作るために別の何かに充てなければならない、そしたら作品作れないループに。

ふるいにおとされないように。網の目にしがみついてやるーーー!