「ラーバタス」および「らばた工房」作品の製作情報、製作者 高石ふう の自分語り(痛め)、防備録も兼ねております。
モノローグと「読エイム」思考の記録
 
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ワルキューレさん関係ないです(いつもだよね)。モノローグってのは、あれです、四角い噴出しとかの中に入る、状況説明とか、心情説明とか。誰の声かわかんいヤツ。あのモノローグ「多用はダサイよね」ってのが、多くの指南書で指摘されていて。あたしもそれを守ってる部分があるんです。無知とは何でも素直に呑み込むから怖い。ね。

その、モノローグはダサい、の理由に「マンガなら絵で説明しろ」って。うんうん、そうだよね。コマに1人の男が立っていて、「彼は、無敵の王者だった」って。コレがモノローグ。ココでやりたいことは「彼が無敵であるよ」と読者に伝えること。それを絵で伝えるには、めっちゃ強いシーンとかを描く事、なのかな。それで「ああ、強いんだ」って、読者に思ってもらう、と。

うーん、確かに「無敵の」って付くからか、モノローグだとちょっと小学生ドリーム小説の冒頭みたいだけど、目的が彼の素性の最低限の説明なら、モノローグのほうが他に大事なシーンにページ数取れるし、良いんじゃないかなぁ。

そこでシンゴジラ。ご覧になりました?自分はあのツクリ、すごい好きなのデスよ。「叙事詩(=出来事をメインにつたえる)」的な。そっか、これまでの多くのマンガは、主人公のキモチを通した「抒情詩(=作者のキモチなどをメインに伝える)」の方が全盛だったから、それを表現するために文字をつかったらマンガの意味ないよね、ってことか。な?

らばた、冬コミには新刊二種の予定で、この、叙事詩と抒情詩の2種をやってみようと思ってます。そもそも、らばた作品は人語を喋るのがヒロイン1人ということがとても多いので、心情を描くには、会話を使うのがジツに難しく。だから、小説的なほうが作りやすい。会話ないからね。ていうか、どうなんです、ヒロインの心情とかって、そんなに詳しく要ります?

いや、2次創作なら解るんですよ。あの子がこんな風に思ってる、って。ほら、日活ロマンポルノ時代(いつだよ)は、それすごくあったじゃない。ヒロインのキモチを描写して、その葛藤の中、カラダをゆだねる。ううん、それ要らないの。その葛藤とか心情はもう、見る人の中で仮説であるから。だから、ただヤルだけのAVが今の主流になっていったんだよね。ましてや創作のエロ。物語とは言いつつ「舞台設定」にちかい。ヒロインにいたっては、もうそれが、かなり単純な想いのベクトルだけでもよいような……ん?

……違う。ウチ、主役は女の子じゃない。モンスターだ。ね。

異種姦の、モン姦のよさってのは、自分ではこの「余計な感情の無さ」が一役買ってると思ってます。ただやりたい、出したい、スキキライ。確かに、義理に厚いモンスも面白そうだけど、それはエロものとしてのモンスターでやる必要が無い。だとしたら、モノローグでは「何が起きてるか」「何故おきてるか」を淡々と解説するので充分。「舞台設定としての物語」も、そのモンスターの情報強化であって……あれ?コレ、今までのやり方だ。

まとめてみます。
1:モノローグは「主人公のドラマ」を活字1行で終わらせてしまうのがダサイ。みんな、「そこを絵で見たいから、そのマンガをよんでいる」=この動機のことを「読エイム」と名づけます。それをマンガで読みたい理由、目的みたいな意味ね。
2:つまり「読エイム」を外されるのが「ダサい」。「読エイム」を補強するモノローグは、全然ダサくない。
3:らばた作品の「読エイム」は、「モンスターがどうやって欲求を満たしていくか」(他にもあるけどん)。つまり、エロシーンを描かないで「モンスターがヤりました」とモノローグで終わらせて、モンスターが夕日を見て感動してるシーンをいっぱい絵で描いたら「読エイムが外れてる」モノになる。逆に、「彼は夕日を見ていた」1行モノログで、その感動を持ってのエロシーン絵なら、効果はばつぐんだ。

ほら、やっぱり、らばた作品はモノローグの相性良いよ。そう、らばたの世界の片隅で、淡々とおきてることを語りたいの。アタシ。新作もうちょっとしたら細かく言うね!