「ラーバタス」および「らばた工房」作品の製作情報、製作者 高石ふう の自分語り(痛め)、防備録も兼ねております。
人生のイライラについてのコラムを書いた
180320s.jpg

絵はこんな感じで頑張ってます。リアル寄りはちょっと怖い。マンガのほうは、とりあえず今はプリキュア本に掛かりきりなので、特にらばた新刊の情報もございませぬのです。でもせっかくなので、コラム的なものを書き記しておくことにしました。人生を生きる上で役立ちそうないやそうでもないと思う。

一人暮らしではなくなってから、いらいらしたり、こんなヤナ奴がいた的な事を、ここに書くことがすくなくなりました。というか、すぐ口に出せるのでここに書かなくなっただけかもしれませんが。でも、ひとりで戦ってる時は、そこらじゅうにイライラしてしまいがちな訳です。

じゃあ、「イライラする時」を突き詰めていくと、どういうときか。
例えば「電車で、音漏れヘッドホン」。このときは、単純に雑音が嫌なのと、対象を愚かしいと思ってしまうことに加えて、他者の迷惑(自分を含む)に対して上等キってきてること。
じゃあ、他には「何度言っても同じ間違いをする部下」これは単純に自分の作業が倍になること、自分の言うことをきいていない=無視されたということ。かな。
もいっこ。「スーパーの会計で一円をずっと探してるおばちゃん」(器小さいなオレ)。この時は、自分の時間がロスられる事に加えて、自己中的な人間に対する苛立ち。

以上をあげていくと「自分の利益の損失をしそうな時」にイラツクことが多そう。1は、自分の安らかな時間を。2は、尊敬されるという報酬?を。3は、自分の自由な時間を。って感じ。

で。他方、こういう考え方もあります。

「他者は自分を妨害してはいけない」=つまり「人は自分自身の行動に完璧に責任を持つべきである」これ、経済大国ニッポン、たしかにそうではあるのですが、正直、完璧に振舞える人間など、極少数ですよ。現在、自分の足の親指がどうなってるかを常に意識できる人間ばかりではないので、気づかぬところでやらかしてしまうのです。

となると、人はやらかし前提。前述のイライラも、やらかしのひとつである訳です。他者のやらかしは許せないけど、自分のやらかしはしょうがない、こうなってはダメですな。結局、他者のやらかしに対応できない=不安定要素に対応できない=未熟である、という結論になってしまうのです。

特に、ツイッターランドにはとにかく他者や政治、あらゆる世界に厳しい人が沢山いますが、他者が完璧でないと、自分が困る=対応できないからなんじゃないかなぁ……?って思ってしまったり。また、自分は未熟=子供、弱者のままなら、完璧でなくても許される、大人になるなら完璧であらねばならない、そんな方程式を感じます。

まとめると、イライラするのは、未熟だから。となってしまうのです。では、成熟とは?多くの不安定要素に対応できるようになること、人の不完全を許せること、と。今回は結論付けました。

あれ、思ったよりきれいに着地しました。以上、今日の生き方コラムでした。